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愛と怒りと悲しみの

とある理系サラリーマンのばら撒き思想ブログ

自炊厨による「チャーハン道場」の乱立について

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一人暮らしで自炊をする、という生活スタイルを採用すると、チャーハンを作る率が高くなるようだ。

圧倒的においしいし、手軽に作れる。米と調味料があれば大体作れるし、アレンジも効きやすい。

 

しかし、このアレンジが効きやすいというのが曲者で、チャーハンには非常に多種多様な作り方がある。

少しでも自炊をかじったことがあるならば、誰もが一つぐらいは「俺が伝授する絶対に旨いチャーハンの作り方」というものを持っているはず。

 

インターネットにおいては、チャーハンの作り方を述べると、なぜかたいてい戦争になるので、その心理をまとめてみた。

 

 

 1.よく見かける派閥一覧

自分がすぐに把握できるだけでも、以下のものがある。

 米:

・冷たいご飯を使う派

・炊き立てご飯を使う派

・冷凍ご飯を使う派

・卵かけご飯を使う派

・油で先に炒める派

・酒を混ぜてほぐす派

タイ米じゃないと不可派

 具材:

・ネギ派VS玉ねぎでもいいよ派

・レタス必須派

・ハム厳禁派

・ミックスベジタブルを許可する派

・ひき肉派

・卵は具として保持する派

 味付け:

味覇最強派

・マヨネーズ派

・ラード派

・醤油焦がし派

・塩胡椒じゃなくて塩と胡椒を別々に使え派

・焼き肉のタレでいける派

 焼き具合:

・パラパラ派

・パラパラと水分が少ないは違う派

・卵を絡めてパラパラにするのは別物派

・水分が少なくても油が多くては意味ない派

・一部は揚げるぐらいの勢い派

・鍋を煽る派

鍋を煽るのは無意味派

 道具:

・中華鍋原理主義

・ガスコンロ最大火力派

・木べら必須派

・お玉使う派

・スプーンで充分派

 

色々な考え方があるのはいいことだと思う。

プロの料理人にだって色々な作り方があるし、どの店に入っても味は違う。

 

 だが、なぜそれを争うのだろうか。

チャーハンの作り方に関する動画やスレッドは、例外なく荒れる

 

「チャーハン作り方スレ」でgoogle検索を行うと、みんなコメント欄で好き勝手なことを言い争っている。チャーハンを作る動画をyoutubeやニコニコで見てみると、「まずそう」とか「へたくそ」といった言葉が平気で出てくる。

 

 

2.なぜ争いが起こるのか

自炊というものは、やる人にとってはいつでもホットな話題である。

これが大きな原因であると考える。

 

自炊は、やる人ならば一日三回以上行っているし、多くの時間と人生を使っている。

 自炊は人口も多いのだろう。開始コストは低いし、必要に駆られる人も多い。

 そして、多くの人が自称ベテランである。

自炊というからには、多くの場合は自分一人のために作っていることを意味する。

だから、ある程度の年月を重ねればそれでベテランに成れてしまうのだ。

 

 

そういった「ベテラン」は、言い争いの時に強い。自分に自信を持っているから、普段あまり料理をしない人、メインでチャーハンを作らない人を、倒すことができる。

 

 つまり、口を出しやすい話題なのだろう。

 

 

3.他にも広がる争いの輪

というより、こういった傾向はチャーハンだけでなく、ほかに一人暮らしの自炊で採用されがちな料理では大抵行われている。

ペペロンチーノ、カルボナーラ、オムライス、等。

個人的にはお好み焼きも来てもいいと思うが、なぜかこれはあまりない。本場の大阪人が怖いからか?

 

それどころか、何を作るかという分野でもすでに広がっている。

もやしが最強とか食パンに卵を乗せるの以外は認めないとか。

 

 

4.憎しみの連鎖から抜け出すために

チャーハンの作り方が分かれる根本的な原因は、調理環境がそれぞれ違うからだ。

熱源はガスかIHヒーターか、といった道具の点だけでなく、その日の気温や湿度だって大きくかかわる。チャーハンは火力や水分が出来栄えに大きくかかわる料理であるので、この部分は少しの差が大きな違いになる。そういった調理の条件を固定しない以上、何をやっても同じ結果にはならない。

 

そして何より、食べる人の味覚や好みがそれぞれ違うからだ。

先述したように、大抵の場合で自炊は自分が食べるために行うので、自分の感覚だけが絶対の正義になりやすい。

 

条件が固定できないまま、個々の見解で殴り合う状況。

これを解決するのは実はそんなに難しくない。

 

たくさんの作り方があると理解した上で、全部の作り方を試すこと

portal.nifty.com

それだけが正義を構築する唯一の手段だ。

 

 

せいぜい10や20ぐらいだったら、実際に自分でやってみるべきだ。

そうやって自分が試したもののなかで、一番のものを採用すればいい。