愛と怒りと悲しみの

とある理系サラリーマンのばら撒き思想ブログ

「人に話をするときは結論から話す」という手法を徹底的にこき下ろす

 

「人に話をするときは、結論を先に話しなさい」という指導が、職場や学校においてよく行われている。

 

結論が明確でない話を、聞かされる方はたまったものではない。理解するのにエネルギーを使うし、情報を記憶して保持するのも大変だ。その結果、誤解や間違いを生む。

話す方にとっても、言葉を長くしなくてはならないため、問題は一向に解決に向かわない。

 

だから、「結論を先に話しなさい」という思想が生まれたのだろう。

小学校の作文でも、ビジネスシーンのホウレンソウでも、このルールは絶対的なものとして、多くの人に信じられている。

 

自分の職場でも、こういう指導が行われている風景はよく見かける。

今日は、人を指導する方法についてのライフハックを書いてみようと思う。

会社の上司や学校の先生など、人の上に立ち指導をする側の人間は、誰しもが知っていなければいけないことだ。

 

 

 目次:

 

 

 

1.自分が今回主張する結論

この段階で自分の結論を言うと、

  • 「結論を先に話す」という手法は、必ずしも正しくない。
  • 「結論を先に話す」という手法を強要する者は、悔い改めるべきである。

 

今回は冒頭に300文字ほど前書き書いてから、この結論を書いた。

もしこの前書きを無しにして、最初からこの話だけをしたらどう思っただろうか?

ブログの記事やツイッターならそれで投稿すれば終わりなのだろうが、対面で話をしていたら、いきなりこんなことを言っても意味不明だ。

「結論を先に話す」という手法は、それぐらい乱暴で特殊なテクニックだ。

 

「先に結論が欲しい」という欲求は、基本的に聞く側の短気・無思慮から成り立っている。

そしてその短気な馬鹿は、先に結論を言われたところで何も理解などできない。

 

「結論を先に言えと小学校で教わらなかったか?」という煽りを使って悦に浸るパターンも散見される。

確かに小学校ではそのように教えられているが、それは運用が間違っている。

 

 

2.結論を先に話さない理由

何故「結論を先に話しなさい」という手法が間違っているかと言えば、それはとても簡単な話だ。

話している内容がそんなに単純ではないから。

全ての話がイエスノーだけで片づけれるわけがない。

相手が知りたいことが一つだけであったとしても、自分が伝えなくてはならないことは一つだとは限らない。

結論は別に分かりきっていて、過程の方が大事なこともある。そういう時は結論は後に話さなければいけない。

 

そして結論を後に話すことは、それ以上に相手のことを考えているからだ。

 

簡単な例を述べる。

JR京都駅において、旅行者が、駅員に以下のことを聞いたとする。

「15時までに東京駅に行かなければいけないから新幹線の切符を急いで買わなくてはいけない。お金があまりないから自由席でないといけない。しかし券売機の使い方が分からないから教えてくれ!」

この状況に、「結論を先に話せ」というルールを適用すると、旅行者は駅員に以下の発言をすることになる。

「券売機の使い方が分からないから教えてくれ!」以上

 

こんなことだけを言われた駅員は、「何を買いたいのですか?どこに行きたいのですか?お金は持っていますか?」ということを、一から全部聞かなくてはいけないことになる。聞く方も聞かれた方も、不幸な思いしかしていない。

たったこれだけの単純な例においても、「結論を先に話しなさい」は間違っている。この手法は、これほど危険で特殊である。

 

一応「結論を先に話しなさい」という手法を使用する場面として、「初見のインパクトを必要以上に強調して無礼さを利用する」というものがある。

例えばテレビCMで、いきなり大声で「あなたは今の保険に満足していますか!?」とか言ってしまうような例がそれだ。

ライフハックのプレゼンテーションとかで、1ページ目に「あなたは失敗します!」とか書いてあるような例もある。

早く先が知りたいと急かせる効果がある。「CMはイライラさせた方が勝ち」という理論もある。

不特定多数が相手ならば責任はとらなくていいのかもしれないが、こういう無礼な手法を対人対面で使ってしまった場合は大罪だ。

コミュニケーションの根幹の部分であるため、「先に結論から話しなさい」を徹底すると仕事以外の人格もすべてが崩壊する。

 

なお「先に結論から話しなさい」という手法は、本当に緊急で時間がないときには確かに有効だ。

例えば医療現場や航空管制など。面接で1分間のアピールなどもこれに入るかもしれない。

そういう場面では確かに「先に結論から話しなさい」という手法も有効だ。

 

 

3.絶対負けない後出しジャンケン

教育や仕事の場において、「先に結論から話しなさい」という手法を強要することは断じて間違っている。

当然すぎることを書くが、コミュニケーションに完璧なんてものはない。絶対のルールなんてものも存在しない。

だから、話が一度で通らなかったのならば聞いている側にも責任はある。

 

例えば先ほど、京都駅でのこの例を述べた。

「15時までに東京駅に行かなければいけないから新幹線の切符を急いで買わなくてはいけない。お金があまりないから自由席でないといけない。しかし券売機の使い方が分からないから教えてくれ!」

駅員の側はこういわれたところで、コミュニケーション的に後出しジャンケンが可能である。

 

「15時までに東京駅に行かなければいけないから新幹線の…」と言われた時点で、

→「長いよ!結論だけを先に話せ!」と返すことができる。

「先に結論から話しなさいって言っているだろう!」と強要が出来る。

 

そこでじゃあ結論から話したとして、

「券売機の使い方が分からないから教えてくれ!」と言っても、

→「何が分かんないのか分からねーよ!まともにしゃべれ!」と返すことが出来る。

 

そこでまともにしゃべろうとして頑張って、

「新幹線の切符を急いで買わなくてはいけない。」と言ったとしても、

→「じゃあ買えよ!券売機はそこだよ!」と片付けることが出来てしまう。

 

このようにこんな単純なコミュニケーションひとつをとっても、絶対に負けない後出しジャンケンが出来てしまうんだ。

教育や仕事の場でこんなことやっていたら、不幸しか生まない。

こんなことをやっていたらコミュ障だが、立場の強いものが一方的にそう認定出来てしまうことが問題だ。

 

 

4.話を聞く側の責任

コミュニケーションには正義などない。不備があるならば責任は互いにある。

 

「短気で話を聞けない馬鹿だっているから結論から先に話すように配慮しろ」という理由が述べられることもあるが、「その馬鹿が目の前の本人である」という自覚がないなら問題だし、あっても問題だ。

「先に結論から話しなさい」という手法は、つまり「相手の話は聞きたくない」と言っているのに等しい。そのくせ、話の結果だけタダで要求するというとても傲慢な姿勢だ。

 

「先に結論から話しなさい」という手法を、「空気を読んで都合のいい時だけ使え」と強要するならそれこそクソだ。

相手の思考回路が分かるのはその相手本人だけである。

 

確かに、話が分からないまま話を聞くのは難しいことであるし、イライラすることもあるだろう。しかしそれは、そもそも話が分からないこと自体が問題だ。そんな状況では、先に結論言われたところでもっと分からなくなる。

 

言われて分からない方にも、相応の責任がある。

というより、一度で理解できなかった者が権力を握ってしまった場合にこそ「結論を先に話しなさい」という煽りを使用する。

これじゃあ真面目に物を話してくれる人はいなくなる。

 

それでも、「先に結論から話しなさい」という手法が強要される場面は多い。

ググったら上の方にnaverまとめが出てきた。

matome.naver.jpnaverまとめにおいては、「ビジネスシーンなら使え、そうじゃないなら使うな」という結論でまとめられている。

 

自分が今日の記事で主張したことは、「先に結論から話しなさい」という手法をビジネスシーンで使うことは基本的に間違っているということだ。

それこそ本当に小学校で習う、コミュニケーションの基礎の問題だ。

 

互いに信頼関係のあるコミュニケーションならば、削っていい部分など最初から全部削っているため、余計な話なんてものは存在しない。

その結果、互いの価値観が合わなかったというのならば、そのコミュニケーションの価値は最初からなかった。