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愛と怒りと悲しみの

とある理系サラリーマンのばら撒き思想ブログ

【尖った個性】技術者とメーカーの処女信仰【ニッチ市場】

仕事

 

先日、このような記事を書いた。

clacff.hatenablog.com

“なんでもいいからナンバーワンになれ”という思想が日本においては教育されるが、会社に就職した後でも、やはり同じことは繰り返される。

 

例えば、“尖った個性”・“当社しか作れない製品”といった思想である。

 

先日の記事で述べたように、これらの思想も、当然同じように狂っている。

しかし、特に技術系のメーカーで、こういった思想は採用されやすい。

“職人技”といった言葉が出てきたら、危険信号だ。

 

“なんでもいいからナンバーワンになれ”という思想は、学校教育において危険なだけではない。企業において運用してしまうと、さらに危険である。

技術者がメーカーにおいて陥りやすい思考を戒めるために、その原理を書いてみようと思う。

 

 

 1.ブルーオーシャンと処女信仰

“なんでもいいからナンバーワンになれ”という思想は、特にメーカーやソフトハウスのような、技術系の職種において神聖視されやすい傾向にある。

 

確かに、“当社しか作れない製品”というものは、市場においては一定の宣伝材料にはなる。

“当社しか作れない製品”でないと、市場で注目されないという主張も正しい。

そして、その“当社しか作れない製品”が一番の高性能で、他社の製品より良い製品である可能性もあるだろう。

 

しかし、“一番だったら本当に売れるのかという議論は、いつも後回しになる。

売れるか売れないかといった決定的な仕事は、結局のところ営業に投げっぱなしだ。

こういうところで思考停止をするから、“技術屋”などと馬鹿にされる。

しかし、当の本人はこの“技術屋”という言葉を誇りに思い、自ら名乗ったりする。

 

 “当社しか作れない製品”を市場に出して儲けたいという考えは、言い換えれば“誰もいないブルーオーシャンを自分一人で蹂躙したい”という、下種な欲望である。

 

確かに、そのブルーオーシャンを見つけることができれば、高い利益率で好き勝手に商売ができるだろう。そして、経済誌にはそれに成功した企業のインタビューが毎週載っている。

“ウチもあんな風に成功しよう!”と夢を見るのも一つの選択肢だが、以下の二つの前提は、意識されないようになる。

・そもそも成功率が高くない夢物語である

・そういった目標に向けた“地道な努力”は、無駄や卑怯で終わりやすい

特に後者の方が忘れられやすい。

 

ブルーオーシャンを蹂躙する”以外の勝ち筋を知らないことは、企業が生き抜くうえでかなりヤバい問題である。

相手が処女だったらセックスが下手でも嫌われないだろう!と夢見る中年のおっさんを想像してみればいい。

 

 

2.技術の多面性に気付かない技術者

そもそも製品において、何をもって“ナンバーワン”などと言えるのだろうか?

値段と機能の両立とか、そういった複合的な評価以前に、一つ一つの項目においても、そう簡単に定義などできない。

 

“見た目”や“高級感”といったものは、言うまでもなく数値では定義不能である。

どんな製品を作ったところで、結局は印象と売り上げから推測する結果論でしかない。そして、その印象と売り上げを作るのは、むしろ広報と営業の仕事だ。

 

軽快性や写真の撮影枚数といった項目ならば、技術的に数値で順位をつけることができる。

しかし、順位をつけられるのは“数値が高いか低いか”だけであり、その内容の是非自体には順位はつけられない。“処理は遅いけど映像がきれい”だとか、“容量は多いけど撮影枚数は劣る”といったように、見方ひとつで評価は全部覆ってしまう。

 

一番売れているスマートフォンiPhoneだが、じゃあiPhoneがほかのすべてのスマホより上位互換であるのか?例え値段を無視したとしても、そんなことは絶対に無い。

ネット通販の最大手はAmazonだが、例えばAmazon以外全部潰れたとしたら、消費者は困るに決まっている。

 

その商品やシステムが、“一番売れた”とか“一番売れている”という話をするならば、確かにナンバーワンは証明できる。

でも、そのナンバーワンを作ったのは、技術者じゃなくて営業である…

自分の技術に酔っているから、こんな簡単なことにすら気付こうとしない。

 

技術や科学に少しでも携わっているなら簡単にわかることであるが、技術なんてものは、一つの見方だけで評価を決めつけることはできはしない。

その原理を無視して、“なんでもいいからナンバーワンになれ”ということを追求してしまうと、また不幸なことが起こる。

 

すなわち、先日の記事でも書いた通り、技術者が屁理屈を探すようになる。

“こんなところどうだっていい”と自分で分かっているようなところを、無理してアピールするようになる。

そしてそれを無理やり営業に売らせてしまうようになる。

そして営業の努力の結果、それがいくらかは売れてしまったとしたら…

次に技術者たちは、“ここはどうでもいい”とした最初の判断を、反故にするようになる。

 

こうして、間違いは蓄積されていって、売り上げはどんどん小さくなっていく。

それでも最後に残った部分は、明確な“尖った個性”だとはいえるのかもしれないが、 “ニッチ市場”とか自分で言い出したらもう終わりである。

元々目指していたブルーオーシャンは、広大だからこそ自分一人で蹂躙したかったはずだ。

それを、“なんでもいいからナンバーワンになれ”という手法で開拓してしまったために、最終的にごく小さい範囲しか自分のものにならない。

 

 

 3.“君の個性はなんだ?”という無意味な問い

本当のところは、その製品の“何がナンバーワンなのか”は、作った側が自分で決めればいい。あるいは、売れたという事実で勝手に決まればいい。

その程度のものであると考える。

 

にもかかわらず、“なんでもいいからナンバーワンになれ”といった教育は、今日も続けられている。

“君の個性はなんだ?”と問い詰めて、言葉に窮したものを馬鹿にするような教育が、技術の世界では頻繁に実行されている。

この問い自体は無意味であり、低レベルである。先で述べたような、“なぜその製品が売れるのか”を自分で考えたことがないから、こんな言葉を吐ける。

“絶対に負けないという技術力を身につけろ”とか言ったりするが、そんな技術を持っていたとしても簡単に負けてしまう。だから、技術と社会は奥が深くて油断がならない訳で。

 

“技術一筋でナンバーワンでさえあれば、生き延びさせてもらえる”。

そういった思考は、逃げと甘えである。

こんな思考のもとでナンバーワンになってしまった人間が、教育をする側に立ってしまうと、最悪である。

“君の個性はなんだ?” とか“絶対に負けないという技術力を身につけろ”といった言葉を好んで使う。

とてもニッチで狭い範囲のナンバーワンでしかないのに、それしか生き残る手段を知らない。

そして、自分以外の者は“ナンバーワンじゃない”として、皆殺しにしようとする。

 

人を使う側の立場から見れば、相手がニッチな技術しか持っていないのであれば、理解はしやすいし利用もしやすいだろう。

そして、その技術が“ナンバーワン”であるのならば、利用価値は高いし、よりどりみどりであろう。

技術者一人の人生を、ガチャ一回分程度にしか扱っていない。

 

技術馬鹿って、こんなんばっかりだから文系に利用されるんだよ。