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愛と怒りと悲しみの

とある理系サラリーマンのばら撒き思想ブログ

【就職活動】顔採用の極限化と社会への怒り【美人有利】

社会

年度末が近づくと、就職活動のことを思い出す。

自分の会社でも、新入社員の話が出てきた。

 

2017年現在での就活のスケジュールは、三年生の3月1日から説明会がスタートして、4年生の6月1日から面接が開始する。ということになっている。

実際には3年生の6月ごろからすでにインターンシップが始まっていて、学生の選考や青田刈りが始まっている。当社も大体そんな感じだった。

 

我が国に70年前からある教訓として、“大本営発表=ロクでもない”というものがある。兵士として最前線で戦うのなら、特に信じてはならない。

 

人も社会も、人体の脳が判断をしている以上、認めたくないものは認めない。

例えば、就職活動では美人が有利”といったこともだ。

 

仕事ができる人は美人が多いだとか、美人でも苦労はしているだとか、そんな話はどうだっていい。

そんな話でごまかさなければいけないほど、ブサイクは不利だという純然たる事実がある。

 

今日はそのことを書いてみようと思う。

 

 

 1.企業側の主張と、美人が有利であるという事実

 

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インターネットで毎年議論されている画像がこちらです。

就活生にとってはおなじみの画像であると思う。

 

以前、こんな話を聞いたことがある。

 

あるIT企業は、女性社員を採用する際、美人を優先して採用している。

だって当然だろう?

かわいいほうが男がうれしいし、接待でも取引先でも有利だ。

会社としてもそういう仕事をしてもらいたい。

例え20代後半でやめてもらったとしても、すぐに次のが雇えるから問題ない。

 

多くの企業では、本質的なところでは、このような心理で美人を選んで採用している。

そして、美人がいると社会で具体的に有利になる、という話は事実ではあるとは思う。

 

以前の記事でも書いた通り、こういった顔採用をする企業には、それを行えるだけの体力がある。だから、企業がこういう意思で採用すること自体は自由であり、正義でもある。

 

しかし、それだけでは片づけることのできない、明らかにゲスな点が、三つある。

 

 

2.一つ目「それを公表していないこと」

美人を採用したい、という意思自体は正しい。

しかし、美人以外を採用する気がないくせに、募集要項に容姿のことを書かないのが問題だ。

 

正直なところ、募集要項に“うちは美人を探している!明確な基準は出せないけどブサイクは来るな!”と、書いてしまえばそれだけで多くの人が救われる。

 

自分がブサイクだとわかっている人は、無駄足を強要されなくなる。

途中まで書類を通しておいて、面接になってから「やっぱブサイクだから」で落とされることもなくなる。持ち上げてから落とされたほうが金銭的にも精神的にもダメージが大きい。

 

また、こういった募集要項で合格した人は、自分自身が美人/イケメンだと、自信を持つことができる。社内でも“そういう仕事”をする覚悟ができる。

もともと企業は美人/イケメンには“そういう仕事”をさせるつもりで入社させたのだから、ミスマッチがないほうがいい。

かわいい子をアイドルとして雇って、だんだん露出の高い衣装に着替えさせるために、あの手この手で機嫌を取る。そんな必要がなくなる。当人が最初から”そういう仕事”をする覚悟があるならば。

 

”ブサイクは来るな!”と募集要項に書かれてしまうと、ブサイクな人が受かるチャンスが最初からなくなるというのは問題かもしれないが、全然たいしたことではない。

結局のところ、住所や学歴や能力でも同じように条件は指定されているのだから。これらの事項も、生まれ持った容姿と同じぐらいは変更が難しい。

 

まあ実際にこのような募集要項をかけない理由は、“募集要項に容姿のことを書くと、苦情が来るから”である。

なので現状は募集要項にはきれいごとばかりが書いてあるが、表面を取り繕っただけで本質は何も変わっちゃいない。

たとえ募集採用に“容姿で差別はしません!”と断言したところで、企業側にとっては、“(ある程度以上ならば)どんな容姿でも(圧倒的な能力があれば)採用する(かもね)”という簡単すぎる逃げ道が残っているのだ。

 

現実に敗北した者こそが、真実を愛する。

別に容姿の問題に限ったことではないが、“ブサイクは差別されるから不利である”という事実自体は、当のブサイクならば絶対にわかっていることなんだ。

それを、差別を消し去ろうとするような無思慮な慈悲によって、ブサイクの人生が狂わされている。

 

就職活動以前に、そもそもブサイクは人生において不利すぎる十字架である、といったようなことを、ピピさんが言っていた。

だからこそ、正しい条件の下で公平に戦いたい。ブサイクはそう願う。

中途半端だからこそ、不正が許され、不幸が生まれる。

 

 

3.二つ目「やるならやるで本気を出していないこと」

企業が、美人が欲しがるのはまあ分かる。

だったら、AV女優とか中卒のロリっ子とか整形豊胸サイボーグとか、何で雇わないんだ?

さぞかしすごい効果だろうよ?

 

美人が欲しいという企業の言い分を信じれば、このほうが効果が高いのは間違いない。

なのに企業は、こういう人間は決して採用しようとしない。

 

“学も伴っていないと業務ができないカラー”というのは言い訳になっていない。

ちゃんとした新卒大学生でも、何も教えないでエクセルが使える人なんて多くはない。22歳の新卒大学生でも、どうせ最初の一年はお茶くみに等しい仕事しかやってない。

 

今どきの新卒なんて、どんな業種であっても結局最初から教育をするんだ。

最終的な能力の伸びしろの話をするのであっても、別に低くても問題ない。できる仕事もやらせるべき仕事もたくさんある。というか、見た目が劣化してきたら飛ばすつもりだったんだろう?

 

むしろ、中卒のロリっ子を15歳で雇って、7年間社内教育をしたほうが、普通の大学生より役に立つ人材になるのではないか?

多くの大企業は自前で企業内学校を持っているし、7年間も少人数でOJTができるならば、仕事としても教育としても効果は高いと思う。文系職にかぎらず、正直技術者としてでも相当できる人間が育つと思う。野球やサッカーではすでに似たようなキャリアプログラムが運用されているというのに。

 

高校の無駄な受験勉強で人生を賭ける危険もなく、遊ぶばかりの大学に無駄な学費をかけることもない。保護者としても本人としても魅力的な選択肢なのではないか?

一か八かで芸能界にデビューさせるより、大企業で子役アイドルになればいい。

 

しかし結局のところ、企業はそんなドラスティックな戦略をとる勇気がない。

一時期ユニクロが”大学一年生からインターンで青田刈り”ということを行っていたが、それだけのことでも批判が殺到していた。

 「真面目に選考したつもりだけどなんか美人がそろっちゃたなぁ ウヘヘ」

企業は、これ以外の結果を受け入れることができない。まるでハーレムラノベの中学生の主人公のように。

 

現状を変える気がないくせに、いいものを欲しがる。

ここに決定的な甘えがある。

形式的には、真面目な女性を採用したつもりでいたい。大学卒業してリクスー着た女しか採用する勇気がない。

 

 

4.三つ目「そんな要素が有効になってしまっている社会そのもの」

美人が社会において有効と言い張っているが、その状態がそもそも異常である。

 

美人が有利であるということは、現代の社会では悲しいことに事実であるが、自分の男性としての感覚から言うと、それを許したことも求めたこともないんだ。

 

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同僚にかわいい子がいるから何なの?“元気が出る”って、特に出ねぇよ!?

というか、元気が出たから何なの?

やる気がないから業績が上がらないって、女性が一人いただけでやる気が出るわけがないだろう。食えるわけでもないのに。社内恋愛だとしても特殊すぎる。

美人と一緒ならサービス残業ができるとでも思っているのか。美人が相手なら製品価格を下げてもいいとでも思っているのか。

 

“べ、別に自分たちの企業は女性にそんなこと求めてないけど、『接待でも取引先でも有利』なんだから他社のために用意しないといけないんダヨー”

世間の大企業は、こんな言い訳を並べて、求職者の中から美人をあさることをやめない。

 

モラルのデフレーションである。

そんな下種な精神が業界でのさばるから、全体がどんどん腐っていく。

真面目な振りしていても、美人採用に加担していれば同罪だ。

 

大企業のスーツ着たいい大人の集団が、そんな中学生みたいな性欲で仕事をしているという現実が、憎い。

就活生が、そんなやつらに職を乞わなくてはいけないという現実が、憎い。