愛と怒りと悲しみの

とある理系サラリーマンのばら撒き思想ブログ

【職人気質】たった一人の焦土作戦

 

 

togetter.com 

日本には古来より「職人気質」という病が存在する。

日本の産業を支える存在でありながら、その陰では多くの怠慢と負債を抱えている。

 

職人気質という病については、自分も職業柄よく直面するので、ブログに書きたいと思っていた。

今回はそのうちの一つ、この「後継者がいない」という状態について書いてみようと思う。

 

職人たちは自らの技術が滅びゆくときに何を考えるのか。

自分が知る限りのその心理を記す。

 

 

 1.職人たちの現状理解

多くのケースで、後継者がいない伝統的な技術が「このままではやばい」ということは当の職人達はとっくにわかっている。

 

なぜならば、自分の商品の売り上げや周りの人間の平均年齢を見れば嫌でも分かってしまうから。

(自分の仕事にマネージメントが全然含まれていなかったり、一人で作業だけをして成り立ってしまうようなケースの場合は、この状況すら気付いてない場合もあるが。)

 

社会がどうなろうとワシの技術は不変で世界一なんじゃ!なんて考えているような職人はまずいない。

職人を酒の席に誘って「業界の未来」についての話を振ると良い。

最近はダメだということをこれでもかと言うほど語ってくれるから。

そして、何か手があるのかどうかというのを聞いても何も返ってこないから。

 

総じていえば、職人たちは決して「技術一筋で未来が見えてない馬鹿者」ではない。

どんなに頭が固くても、自分の未来ぐらいはしっかりはっきり見えている。

 

しかし、この「自分の未来だけは見えている」という事実がさらに現状をおぞましくしているのだが。

 

 

2.彼らだけでは何もできない。

「職人たちは自分の技術に胡坐をかいていないで普及と伝承をもっと頑張れよ!」と指摘したくなるが、職人たちは自分にその能力が無いことも知っている。

若者たちには「最近の若者はダメだ」とか口では言うが、自分たちも現状を打開する力は無いことを、口に出さないだけでよく悟っている。

 

例えば、戦車や戦艦のプラモデルは少し前までは滅びゆく文化だったが、突然のブームにより息を吹き返した。

インターネットやオタクの力を使えばこういった大逆転も例があるが、バンダイとか角川とかの大企業の力をもってしても、狙ってこういうブームを起こすことは簡単ではない。

関連商品を積極的に開発して売り上げを確保するのも情報を広めてブームを長続きさせるのも、大企業の資本力と広報力があるからできることである。

そこらの職人たちが何人か集まって奮起したところで、同じような大逆転劇を期待するのは到底無理である。

 

現に刀剣ブームが来ている今なら勝ち目があるじゃん?とも思うが、当の職人たちが刀剣ブームなんてものに興味がない。

現役の刀匠の人たちがとうらぶを実際にプレイして、「これはなかなか楽しいゲームだね!ぜひ私たちの刀匠の世界にも来てくれませんか?」なんて言っている風景を見たことが無い。*1

  

せいぜい、「刀剣乱舞は間違っている。これだから最近の若い者は」といった程度のことしか言えない。それどころか今更ゲームなんてプレイもしないからこんな発言すらあまりでてこない。

逆に、一過性の下らんブームに惑わされてはならない!とだけは感じている。

(それはそれで間違ってはいない意見だが。)

 

 

 3.最終権力者。自殺する自由。

一過性のブームを起こす力もないし、起こったブームを育てるノウハウも知らない。外部コンサルに頼るような金も気概もない。

技術が滅びゆくことは事実であるが、現状ではどうしようもない。

そうやって自分なりに歯噛みを済ませたあとで、彼らは考えた。

 

彼らは、滅びゆく業界とともに、心中するつもりでいる。

自分の寿命と業界の寿命が近い数値になったのをいいことに、業界を看取ろうとしている。

「時代に合わないこの業界もずいぶん長く続いたな。お疲れ様」と上から目線で言おうとしている。自分が殺したくせに

 

一応理屈ならば通る。

命をささげるぐらい人生を割いてきたから。それが自分の人生のすべてだったのだから。

死んだ後のことはどうでもいいとも考えられる。

 

自分が最後の戦士になれることを誇りに思っている。

時代の流れ…とかいって滅びることにあこがれを持っている。

次世代への継承という面倒なこともしなくて済む。

どうせ自らの命というコストを払うことを考えれば、割といいとこづくめである。

 

既にもう冒頭の記事で指摘されている事実だが、後継者がいない業界は滅ぶしかない。

だが、後継者不足なんて怖くはないんだ。

むしろそれを迎えようとして準備を進めている。

 

 

4.職人が逃げ続けてきたもの

中には、技術を絶やさないために将来に向けて活動しなければ!と奮起する者もいる。

しかし、そうやって今までやってきた「弟子の育成」はある意味で相当のヌルゲーであった。

 

本来は、伝承をするということは進化をするということであり、次世代は現世代よりもプラスになっていなければならない。

弟子の数も自分一人に対して二人以上でないといけない。

10年で覚えたことは今度は5年で教えれるようにならないといけない。

 

さもなくば、業界は先細りして死んでいく。

社会の需要はどのように変化していくか読めないのだから、こうやって自らが強くなることでしか対抗はできない。

 

しかし実際には「プラスマイナスゼロになれば上等」という甘い基準で何十年も生き延びてきてしまった。

技術も師匠に言われたとおりのそのまま。顧客も引き継いだまま。

後継者はせいぜい一人だけでも「ちゃんと伝承した」というアリバイになってしまう。

だからこそ、「最初の五年は無給!見て盗め」なんて殿様商売ができるわけだ。

 

自分のその業界が、社会の変化に対応できるぐらいの強さを手に入れるためには、もっと難しいことに立ち向かわなくてはいけない。 

しかし、今まで何も考えずにヌルゲーで済ませてきた職人たちである。

 

自分の寿命の直前になってから突然次世代への使命に目覚めて技術を伝承に力を入れる、なんてことがあるわけがない。

そのような未来への気概を持った美しい心は、職人気質が潰してきた。

「無我夢中に勉強して職人技を磨いてきました」とかキリッとしながらインタビューに答えてる時点でお察しなんだよ。もうアウトだ。

 

 

5.「個人の感情」と「技術の未来」を天秤にかけた結果

「刀剣ブームに乗じて技術を絶やさないように何とかしなければ!」と考えるのは、いつだって政府などの外部の人間である。

当の職人たちは、この技術を絶やすことなく残さないといけない、とは本気で思っていない。

 

ameblo.jpこういうことを意見として出せるほどの勇気と技術を持った職人もいる。

確かに、マナーをわきまえない「にわか」にはとても腹を立てたのだろう。

しかし、それを乗り越えないとその文化は死ぬ。

 

乗り越えないと死ぬ、と言うところまで来ているのを分かったうえで、乗り越えれないから死を選んだのだろう。

その業界で長年師匠の椅子に座ってきたので、どのようなことでも実行可能だ。

 

以前の記事でも書いたが、自分の好きな世界・有利な世界で思考停止ができるということは最高の幸せである。当人にとっては。

日常から意図的にコストを割いていかないと、人はこのような思想に流れていく。

性欲以外で自分の寿命以上のことを考えるのはおそらく生物的に相当に高度で難しい技術であるのだとおもう。

 

 

 

*1:一応、調べたら少しは希望が持てそうな事例が一つはあった。