愛と怒りと悲しみの

とある理系サラリーマンのばら撒き思想ブログ

誰だ教師が聖職者なんて言ったやつは

 

とても直接的で欲望にまみれている案件が出てきた。

togetter.com 

教師・医者・公僕・軍人・警官・スポーツ選手といった職業は、いわゆる「聖職」として扱われている。

犯罪者が出たら「~という職に就いているのに犯罪をするとはけしからん!」という感情が出てくる職業だとして認識されている。

 

前の記事で述べた、「政治家とはいえ十分な人間ではない」という話と同じ理論であるが、聖職者だからといって人間的に完璧であるわけがない。

保育士だからと言って、報酬を求めずに愛だけで子供の面倒を見てくれる聖人君子であるわけがない。

 

もうみんな心の底ではわかっていることだから断言してしまった方がいい。

聖職とは、「無茶な仕事を押し付けたから聖職なのである」と。

その申し訳なさを、勲章という形で誤魔化しただけなのであると。

 

教師とか公僕については、自分も少しだけ知っているから書いてみる。

「腐ってないわけがないだろう」と。

 

 

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【戦いこそがすべて】何故政治家がマトモだと思うのか

 

もうすぐ衆議院総選挙が始まる。

今年は希望の党という新党が何としてでも現政権を奪取しようと躍起になっているようだ。

  

news.livedoor.com「私は本気で政党を狙う」「国盗り」といったワードを、オブラートも無しで発言している。

 

誰もが子供のころから思っていることだが、政治家ってなんでこんなに下品なんだろう。

政治家と言われても、金に汚い禿オヤジか嫌味面をしたババアしかイメージされない。

「永田町には魔物が潜む」とドヤ顔で言われても、悪魔なんてそもそもいちゃいかんだろう。

 

誰だって、劇場型政治やワイドショー政治にうんざりしている。国家転覆と反権力に夢中になる人たち以外は。

こんな大人たちの何を信用すればいいのだろうか。

本能的にそう感じるからこそ、政治とは腐ったものであり選挙など茶番だと考える。

せっかくの国民のほぼ全員が選挙権を持っているのに、投票率はダダ下がりである。

 

そして、与党も野党も結局はそのイメージでおおむね正しかったりする。

むしろ一応形としてちゃんと政治が運営されているだけでも、国家的にはすごかったりする。

今の状況が腐っているのではなくて、その腐った状況に対応して生まれてきた戦術が現在である。

 

今日は「政治家がなぜ下品に見えるのか」を書いてみる。

結局はクソしかない、という結論を導いてみる。

 

 

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医学的に死ななければ許されると思っていないか?

 

最近の若い者は、死ぬとか殺すとかいう言葉を平気で使う。

ゲームや漫画の文化の悪影響だろう。戦争のゲームだって平気でプレイする。

まったくけしからん。

…という言説が大人の口からよく語られる。

実際に、若者の中には申し訳なさを感じている人も多いだろう。

 

しかしその割には、この記事を読んでみると「死ぬ気でやる」だとか「死に物狂い」といった姿勢はなぜか称賛されていることが分かる。ずっと昔から。

togetter.com 

死を「絶対的にダメなもの」だとしてタブー化するが、その反動で医学的に死ななければそれでOKといった思想が信じられている。

 

交通事故が起きました。ケガはしましたが死者はいませんでした。

学校で酷いいじめの事件が起きました。でも自殺する寸前で食い止めることができました。

めでたしめでたし。

 

死は穢れだというが、一体何千年前の宗教で思考停止しているのだろうか。

確かに医学的な死は絶対的なものであるが、それ以外にも生と死の概念は存在する。

 

今日は、よく使われる「死ぬ」とか「殺す」といった言葉の広い意味を説明する。

 

 

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なんで簡単に他人の顔写真をアップロードできるのか

 

 

togetter.com

インターネットに他人の顔写真や個人情報を勝手にアップロードするのはとても危険だという話がまとめられていた。

 

フォトハラという簡単な言葉で片付けられているが、これはとてつもなく危険な行為であり、自分だったら絶対にやられたくない。

インターネットにおいてはどういう事件が起こりうるのか、ということは簡単に想像ができるし、実際に破滅的な事件も起きている。

 

しかしそういう話をすると、「なんで危険なの?ちょっとぐらい関係無いじゃん」という解釈をする勢力(というか人種)が必ず一定数いる。

実名で顔を売りたい政治家とか、仕事上目立たないといけない芸能人などではなく、ただの一般人であるのに、他人の顔写真や個人情報をアップロードしてしまう人種がいる。

 

彼らがこのような思考を採用するまでには、どのようなプロセスをたどっているのか。

自分も知っていることを書いてみようと思う。

 

 

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「同じことを二回聞く」は有罪か無罪か

 

今日もまた、主に会社内のOJTなどで必要な素質について書いてみる。

「同じことを二回聞くのは悪いことなのかどうか」。

 

一度聞いたことはメモをして覚えろ、ということは社会人ならば必ず教育される。

また、「最初はミスしてもいいけど二回目は繰り返すな!」という形の教育もよく採用されている。これも同様の話だ。

 

ジョルノ・ジョバァーナもこう言っていた。

「1度でいい事を2度言わなけりゃあいけないってのは、そいつが頭が悪いって事だからです」

 

一度したミスは二度としない。

そういう姿勢でいろんなミスを経験すれば、いずれはミスをしない人間が出来上がる。

 

これが「ちゃんと経験を活かす」ということであり、一度聞いたことをちゃんとメモするだけで出来る簡単なことである。

教える側としても同じことを何度も聞かれないで済むので手がかからない。

完璧である!

 

不可能だと言う点に目をつぶればいいとこづくめだから、聞く側としても躊躇してしまう。

「同じことを二回聞くのは悪いな」「一度で学習できなかった自分が悪いな」と考えて、自らの成長の機会をフイにしてしまう。

 

 

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真の闘争のプロフェッショナル=武器屋のおっさん

 

自分は、学校や会社で人を教育した経験がそれなりにある。

そしてそれ以上に、人に教育された経験が多い。

学生をやってた期間が相当長かったし、年を取ってからも色んな先生の元で学んでいる。

 

だから、良い教師と悪い教師の違いが分かる。

師匠と弟子にはどのような人間関係が有効なのかを知っている。

 

前回は人に教育に関する記事を書いたので、今回も書いてみようと思う。

日本の企業においてよく行われている、職人気質の「見て盗め」という思想のクソさを解説する。

 

(なお、今回の記事は主に会社のOJTなどの少人数のことを指している。小中学校のように足りないリソースで大多数の人間を教育しなくてはならない場合は、別の手法が必要になるのでいったん除外する。)

 

 

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人として許されない言葉:「5分あればできるだろう」

 

自分は今会社で複数名の部下を持っている。

かつては学校で学生たちを抱えていたこともあった。

 

自分が彼らに接するときに絶対に使わないと決めている言葉がある。

「5分あればできるだろう(だからやってこい)」というものだ。

「1時間で終わるから家でやってこい」といった類の指示も同様だ。

 

一応自分は、「Aが始まるまでの間にBを終わらせなければならない」という話をすることはある。それは必要なものだ。

でも「Bにかかる時間は~分だからできる」という論理は絶対に他人には使わない。

 

どうしてもそういう指示が必要な場合は、例え相手がどんなザコであっても、済まないと謝りながら金や見返りを必ず用意する。

(まあ電車の時刻表とかのように相手が自分からできると言っているなら話は別だが)

 

この「5分あればできるだろう」という指示や、「1時間もあれば終わるから家でやってこい」という指示が、どれほど罪深くて自分の馬鹿さを露呈する指示であるのか。

今日はそれを説明する。

 

 

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